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まゆんず闘病録85

四十九日前に、夢にきりきり父さんが現れた。
亡くなって初めて見る、きりきり父さんだった。
話しかけても何も応えてはくれなかった。
ただ、ひたすら食事を摂っていた、きりきり父さん。
目が覚めて、泣いた。嬉しくて泣いた。
「父さんはもう成仏できた。
 だから、お前は一生懸命食べて元気になれ!」
そう云いに現れてくれたように思えて、きりきり父さん
を看取れなかった悔いを消してくれた。

きりきり父さんの夢を見てからは、気力と体調が回復。
痛みもコントロールできるようになり、6月10日退院。
翌日11日に無事、四十九日法要ができた。

・・・ようやく心の整理がついたような感じがする。
黒部ダムの放水を見たくて、7月1日にきりきり母さん
と二人で遠足にも行けた。幾つもの乗り物に乗り換える
のも楽しかったし、天候に恵まれたのもあって見事な虹
まで見られて、爽快な気持ちが続いている。

黒部ダムの放水

まゆんず闘病録84

Macと向き合う体勢がツラくて、また心の整理に時間も
欲しく、なかなかブログ更新できず、ゴメンなさい。

痛くてシンドくなる度に、きりきり父さんを思った。
みなが寝静まる頃、人知れず息をひきとった父さん。
きりまゆんよりも何十倍も痛くて苦しかっただろうに、
一人きりでさぞかし寂しかっただろうに。もがきながら
逝ってなければいいのにと、そればかりを思った。

入院中に薬の内服方法が変更した。
今まで鎮痛剤のロキソプロフェンは、1日1回の内服を
していたが、それだけではもう痛みが抑えられない状態
になったため、薬が増量した。

・ロキソプロフェン 1日3回毎食後
・レバミプト 1日3回毎食後
・オキシコンチン 1日2回、8時と20時に内服
・マグミット 1日2回、8時と20時に服用
・オキノーム 頓用

オキシコンチンとオキノームは医療用麻薬。
最初はとうとう麻薬に頼らなくてはいけなくなったのか
と不安と恐怖を感じたが、痛みがある状態で使用する分
には中毒性はないと理解でき、安堵。

まゆんず闘病録83

体調が良い時を見計らって、更新していきたかったけど
身体を起こしていられる時間が長続きしない。
良くなるどころか悪くなっているような不安がしたけど
きりきり母さんが気になって我慢してた。
だけども本日の再診でCT検査をした結果、腫瘍が少し
大きくなっていて、それが体調不良の原因カモしれない
から入院して身体を休めよう、と主治医から云われた。

痛くてシンドくて、落ち込む気力がない。涙も出ない。
ただ、四十九日まできりきり母さんとふたり寄り添って
きりきり父さんの遺骨の傍で過ごしたかった。
入院は明日から。抗がん剤治療の入院ではないので前回
のような長期間にはならないと思う。
今年の風の盆まで百日をきった。
きりきり父さんを想えばこそ、今年も唄い流したいから
必ず元気を取り戻してくる。

きりぎりすぴ〜く 76

きりきり父さんは納棺の時に、葬儀会社の方のご好意で
保存会本部の浴衣を着せてもらったんだよ。
一番カッコよい姿で、浄土へ向かってもらったよ。
きりまゆんが贈った帯を締めてもらって、きりまゆんが
贈った「いろはにほへと」の文字が入った浴衣も一緒に
持っていってもらったよ。
浄土まで唄いながら向えるように。
先に逝かれた名人達と合流して、また流せるように。
風の盆に還ってきた時には、一緒に流せるように。

父さんの浴衣一式

 揺らぐ つり橋 手に手をとりて
         渡る イダガワ オワラ 春の風
 かりがねの 翼欲しいや 海山 越えて
        妾ゃ 逢いたい オワラ 人がある

通夜の時に、きりきり兄さん2号が唄った歌詞。
きりまゆんは唄えなかった。
死産したもう一人の兄さんの五十回忌の年でもあるため
浄土で巡り逢って欲しいという思いで唄ったんだって。

正直、介護&看護で家計は火の車だった。
借金覚悟の葬儀だったのに、きりきり父さんの磨いた唄
の凄さを目の当たりにした。葬儀は月曜の午前中なのに
通夜以上に、大勢の方々が参列してくださったから。
きりきり父さんってば、格好良すぎ。
きりまゆん達には負担を掛けずに逝っちゃうんだもん。

葬儀で公開された映像を、きりぎり巣チャンネルで視聴
できるようにしておいたので、よろしければ、どうぞ。

きりきりすぴ〜く 75

退院後の様子は、ツイッターで確認していただいている
と思うので、ブログは日付を遡らず更新再開。
それに伴い、少し変革あり。
ブログから直接ツイッターの内容が閲覧できるよう設定
したので、かわら版は閉鎖。伏字表現しない伝達事項が
あれば、きりぎり巣チャンネルで行う予定。

きりきり父さんが逝って一ヶ月。
きりまゆんの誕生日が、月命日になっちゃった。
あれから、きりきり母さんは、ちゃんとしているようで
でも何か様子がおかしくフラフラしていたので、何度か
受診させて、回復に向かっている。
率先して介護&看護をしてくれたきりきり兄さん2号は
無事に、仕事を再開できている。
きりきり兄さん2号が仕事できなかった間、勤務時間を
延長して耐えてくれた、きりきり義姉さん。
きりきり兄さん1号は、地元での存在感が薄いから直接
介護&看護をしてないように見えても、今まで金銭面で
支えてくれていた、影の功労者。現在もきりきり母さん
の身を案じて、毎日ビデオ通話をしてくれる。
家族みんなに、お疲れさま。ありがとう。
介護&看護から解放された今を、地元語で表現すると、
「楽な愛想もない」感じ。

きりぎりすぴ〜く 74

ミナサマ、ありがとうございます。
温かい心遣いに重ねてお礼申し上げます。
とどこおりなく執り行い終えました。
介護と看護と自分の治療とで、人とのふれあいを絶って
いたのに、たくさんの方からの過分な心遣いに家族一同
恐縮しています。
きりきり父さんも、近年は施設と病院ばかりだったので
多くの方に参列いただいて、喜んでいると思います。

遺影は、梅さんが撮影してくれたこの写真にしました。
本日は数えで、初七日。
きりまゆんは病院に戻っていますが、きりきり父さんの
写真はクラウド共有してるので、手を合わせられます。

父娘で

色々と記したいけれど、それは退院後にします。
まだ声をあげて泣けていなくて・・・。
無理に明るく振るまわず、自然に心が落ち着くまでは、
泣きたい時に泣かせてください。
でも病気に対しては、きりきり父さんが見つけてくれた
からこそ、きりきり父さんの分まで、前向きな気持ちを
高めて対応していきますので、心配しないでください。

きりぎりすぴ〜く 73

本日午前4時。
入院中のきりまゆんに、きりきり兄さん2号から訃報。
最後に会ったのは4月2日。
退院するまで待っててねと、かけた言葉に力強く頷いて
くれた、きりきり父さん。
最期を看取れず、とうとう還らぬ人に。
一時帰巣の許可を得て、きりきり父さんの元へ。

通夜は4月24日19時から、セレモニーホールヤツオで。
葬儀は4月25日11時から、セレモニーホールヤツオで。

喪主は長男きりきり兄さん1号。
きりきり兄さん2号と、体調がよければきりまゆんも、
通夜で唄う予定。

きりぎりすぴ〜く 72

毎日面会しているきりきり母さんが、きりきり父さんの
様子をおしえてくれる。それでも直接手を握りたくて、
外出許可を得て約十日ぶりの面会をした。
紙パンツと尿取りパットとお尻拭き等を購入するために
ドラッグストアへ二日に一度通わなければいけないほど
下痢症状が表れ、食事を止め、点滴で投薬を受けている
きりきり父さんは、排出と共に毒も抜けたかのように、
全身が細くなっていた。浮腫んでいた手も萎んでいた。
握ると温かく、そして強い力で握り返してくれた。

衰退した手

「父さん、会いにきたよ」
発声も辛いのだろう、声のない「ありがとう」の返答。
目は力強く開けて、きりまゆんを見てくれる。
額を撫でながら話しかけると、頷いたり首を振ったり。
苦痛で認知症状は進行していないように感じた。
「退院したら、また来るから、待っとってね」
うんうんと頷くきりきり父さんはもう、一緒に帰ろうと
する素振りもしなくなっている。
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